色白おやじの無味無臭ブログ

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昨日は何の日 「四境戦争」

6月7日もすでに終わってますが、今日は何の日的な話題です。

昨日は何の日でしょう!?

幕末歴史ウォッチャーの方ならわかると思います。








第二次長州征伐  戦闘開始の日

ですね!



山口が。また幕末か

というお声が聞こえそうですが、幕末です。

むしろ山口に





幕末以外何があるというのだ。





さて

朝に山口のローカルラジオ局FM山口「ピュアモーニング」で

「今日は四境戦争の日です!!」

と、MC新井道子さんが爽やかに紹介していました。
四境戦争というのは、長州藩側の言い方ですね。

四つの国境で武力衝突が起きたのでそう呼ばれます。

広島、島根、周防大島、小倉で幕府連合軍と農民含めた民兵奇兵隊が戦ったんですね。─━╋⊂(`・ω・´)

なに?
民兵とか、国連平和維持軍ソマリア民兵が戦ったモガディシュの戦いみたいに言うな?

そうですね(笑)
しかし、長州藩は農兵やゲリラ兵が多かったみたいですよ。

まず、長州が京都で起こしたクーデター(蛤御門の変ですね)に対し、処罰を与えるため幕府が長州に進撃します。これが、第1次長州征伐ですね。

長州藩の幹部切腹と、藩主父子の謝罪により、この件は手打ちとなります。

しかし、そこから長州内でも政変がおきまして、幕府恭順派から、高杉晋作ら幕府討つべし派に実権が移ります・・・

そして、長州藩は裏で幕府を討つための洋モノの銃や艦船を着々と配備するのです。

その怪しい動きを察知した幕府は

幕府「ちょっと待って!お前ら反省してないの?!なにやってんの?こっち来て説明しろよ」

と詰め寄ります。

しかし、長州藩山口県民らしいやり方ではねつけます

長州藩ちょっと体調悪いんでまたにして下さい 

・・・ええ。筆者もよく使う手です。

そうして、幕府は再度、長州藩をお仕置きするために遠路はるばる山口半島に進撃するのでした・・・

そして、6月7日に幕府軍周防大島を砲撃しまして、戦闘の火蓋が切って落とされたのです!

結果は、被害を出しつつも、

反政府ゲリラ顔負けの遊撃戦
洋モノ装備というチート

で数で圧倒的に有利なはずの幕府軍を撃破します。

そして、将軍の病死と幕府軍の敗退が重なり、幕府軍は敗走するのです。

ここから、歴史の流れは大政奉還へと一気に加速していきます。

というお話ですね。


いやしかし、歴史なんてまっっっっったく興味無かったですが、色々調べてみると楽しいですね!

長州征伐のキッカケとなった蛤御門の変も、さらにキッカケを探せばかの有名な


がつながっていたりします。

・・・そうです。
近藤、沖田、土方ら新撰組が、京都の池田屋で密会していた攘夷派志士らを襲撃した事件ですね。

こうしてみると、歴史ウォッチャーも、なかなか楽しいですよ!!