A氏は仕事から帰ると、いつもゴロゴロしていた。
仕事は夜勤の交替制、夜中は仕事で朝になると帰宅する。
夜勤明けと、その翌日は休みとなる。
つまりは休みが多い。
無表情で帰ってきて、シャワーを浴び、ゴロゴロと居間のカーペットに転がる。
無表情にボーと天井を見つめ、ただ寝転んでいるだけ。気まぐれに子どもと戯れる。
あくびをするA氏に妻が言う。
「疲れてるの?あくびなんて」
「ああ、疲れてる。ストレスも溜まっているかもしれない。ぼーっとしている」とA氏。
妻は笑った。
「よく言うわ。あなたがぼーっとするのは、いつものことじゃない。無表情もいつものこと」
「そうだったかな」A氏は笑顔になる。
「昨日はどんな仕事を?」妻が聞く
A氏は思い出すように目線を上げ、つぶやく。
「工事現場で…、暗い穴を覗いてた。異常がないか」
「なにそれ、穴を覗くだけ?なにかしないの?」
「特には…」
「またそういう、実態の不明瞭な業務なのね。いいわね、あなたのコンサルタント業って。その割に給料はいい。あなたみたいな人を『ブルシットワーカー』って言うってテレビで見たわよ」
妻が冗談めいて言う。
A氏は肩をすくめる。
「私はね、大病院で働いていたときなんて、一日中立ちっぱなしでぶっ続けで働いてたんだから。休みなく手を動かしてね」妻が自慢気に言う。そして大量の洗濯物が入ったかごを押し付けてきた。「私昼からパートなの、よろしくね。無理しないでいいから。あと、余裕があればお風呂のカビ取りお願い」
妻は仕事に出かけた。
子どもはお菓子をくれとパントリーの前で騒いでいる。
お風呂のカビ取りか。
余裕はなくてもやっておくか…。
A氏は本当に疲れていた。
実は彼、敵対的宇宙人の取り締まりを行うエージェントであった。
夜勤では、闇に紛れて悪事を働く宇宙人を駆除し、捕まえていたのだった。
前回も工事現場の穴を覗く…といえば簡単だが、実際は危険な任務だった。
人食い宇宙サソリが暴れまわり、工事現場に逃げ込んだのだ。
エージェント達は決死の思いで、配管用の穴の中に追い込んだのだ。
宇宙サソリは一つ妙な習性があり、A氏はその弱点を着いたのだ。
霊長類と目が合うと動けなくなってしまうという習性である。
だから、A氏はサソリが駆除されるまで、殺される危険と隣合わせになりつつも、穴の中の敵を見つめ続けたのだった。
A氏はその朴訥とした人柄と、無気力風な性質、元来の口下手から、妻に危険な仕事だと理解してもらえていない。
洗いざらいすべてを話せば、妻や子供の口から漏れて、逆恨みした宇宙人に家族が狙われる危険がある。決して話せない。
A氏は秘密を守りつつ、「防災関係のコンサルタント」と妻には説明していたのだ。
例えば
「ご飯を食べるロボットと会食した」とA氏が妻に話したとき…
実際は敵対的機械星人と、地球の所有権を巡り猛毒まんじゅうのロシアンルーレットをした。
「記憶力テストに参加した」とA氏が妻に話したとき…
人間は奴隷だと考えているゲム星人が、日本の所有権を巡って「円周率暗記比べ」を仕掛けてきて、A氏は受けて立った。
いずれも辛くもA氏が勝利し、人類の危機は救われ、事情を知る人はA氏は英雄だと褒め称えた。
こんな活躍が一度や二度ではなかった。
だが、朴訥なポーカーフェイスA氏は、何事もなかったのように定時に帰る。
その心は、緊張と疲労でクタクタだった。
だからA氏は何も考えず頭を空っぽにして休みたかったのだ…。
それでもA氏は妻子を愛していた。
だから、何も言わず、朴訥な寝太郎パパのままで振る舞うのである。
子どもに菓子を与え、お昼寝させてから、地球の英雄と呼ばれるA氏は風呂掃除の用意をする。
眼の前の敵は、浴室に巣くうカビ達だ。
A氏はため息混じりにひとり呟いた。
「やれやれ、これではゆっくり休めない。疲れて帰宅して、怒涛の家事や用事をこなす。これがこんなにも辛いとは…」
A氏は疲れを払いのけ、浴室へ入った。
もはや宇宙人との死闘を迎える夜勤を思うよりも……夜勤明けに待ち構える家事を思う方が、A氏にとって脅威となっているのだった。
【終わり】