「野球がしたいよ」
長男が言い出した。
どうやら友人と二人でピッチャーバッターをしたらしく、バットでボールを叩く爽快感の虜になったらしい。
クーラー部屋で「ミザリー」のクライマックスを楽しんでいた私は、重い腰を上げ、広い公園へ連れてゆくことにした。
殺人看護婦アニー・ウィルクスに対峙する満身創痍の主人公ポール・シェルダンの苦闘に比べたら、残暑の中子どもの野球に付き合うくらいすべきだろう。
車で公園に向かう。
衣替えをしてくれていた妻から、三歳の娘をお供させるように仰せつかった。
青空に巨大な入道雲がいくつも浮かんでいる。
ハッキリとした陰影を持つ、立体的な入道雲は好きだ。
今年気づいたが、この手の雲は八月末から九月のこ時期によくみられる気がする。
公園に到着、すさまじい日照り。
残暑は厳しく、日差しが肌を焼くようである。
立っているだけで汗が噴き出す。
私が投手、息子が打者をする。
ついてきた娘は木陰に入らせた。
バッタ探しや花摘みをさせようとした。
3球投げる。
息子のはしゃぐバットはいずれも空を切る。
すると木陰にいた娘が日照りに出てくる。
「帰ろうよ」
バッタ探しは5秒で飽きてしまったようである。
日射病になったらいけないので、なんとかなだめて木陰に連れていく。
だが、1球投げ、また5秒後には日照りに出てきて「帰ろうよ」と言う。
それが幾度も繰り返される。
これでは野球ができない。
仕方なく娘と息子を連れ、自販機へ行く。
木陰で休ませ、冷たい飲み物を飲ませる。
娘は冷たい飲み物と、休憩で気分転換できたのではないか。
私は娘がまた木陰で遊ぶかと期待した。
娘は言った。
「じゃあ帰ろうよ」
これでは息子が満足に野球できない。
仕方ない、一度娘を連れ帰り、再度息子と二人で来るかと考えた。
すると息子が言った。
「いいよ、お父さん。すごく暑いから、帰ろう」
息子自身も予想以上の残暑に参ったようである。
結局、2,3球だけ打撃練習のように打たせて早々に帰った。
息子が喜び、娘の忍耐が持つ範囲だ。
帰り際、ハンドルを握るとじりじりと熱かった。
自分が子どもの頃、夏とはこんなに暑かったものだろうかと思った。
残暑はまだまだ厳しい。
帰り際にまた入道雲を見かけた。
夏が終わるまでに、少々暑くても入道雲を歩いて見て回ってみようと思った。
夏の終わりが来ると、なんとなく寂しい。
夏は毎年やってくるけれども…
皆様、熱中症にご注意し、お気を付けください。