近未来の日本
Aという逃亡犯がいた。
彼はかつて、富める者が暴利をむさぼり、貧しい者を食い物にする世界に嫌気が差した。
若気の至りも手伝い、彼の義侠心に過激思想がブレンドされた。
Aは大企業や、役所を狙って、テロ事件を起こした。
外国の過激派と手を組み、多数の死傷者が出るような事件も起こした。
銀行を襲い、投資会社をつぶし、大企業の輸送船を強奪した。
そうして彼は、国内のみならず、国際的にもテロリストとして手配されていた。
だが、そんな時代からもう半世紀以上が過ぎた。
彼も年老いて、日夜当局の目を盗み、地下に潜り続ける生活に嫌気が差していた。
「おれも腰が曲がり、年を取り、目もよく見えない。スラム街に身を隠し、下水点検パイプにもぐりこみ、タバコを買いに出るのにも当局の尾行や監視を気にして歩き回る…そんな生活うんざりだ」
老人Aは貧困者向け集合住宅の一室で、仲間の老人相手に爆発した。ここがアジトなのだ。
Aの泣き言は続く。
「それに、俺は正しい事と思ってやったが、俺の攻撃で死んだ人たちが夢に出てくる。俺の行為を糾弾して来るんだ。俺ももう参った。自分のやったことを償いたい」
彼の泣き言に仲間は怒るどころか、同情を寄せた。
「分かるよ。もう当局だって俺たちの事は追ってないだろう。警察署前の掲示板に、日焼けした指名手配ポスターが貼ってあるだけさ。あんたは頑張った。そろそろ自由に生きるといい」
そして、別の厳めしい老人が言った。
「同志A。あんたが自首したら、長年逃亡潜伏を続けていたテロリストが捕まったと大きなニュースになるだろう。そのニュースを見たら俺たちも解散する。潮時だな」
それは、実質闘争の終焉を意味していた。
Aは、同志たちと肩を抱き合い、泣いた。
長年の闘争はこうして幕を閉じるのだ。
後日、Aは反重力タクシーに乗り、空中高速道路を走っていた。
めざすは、警察本部である。
長年、警察が威信をかけて追っていた大テロリスト…つまりこの俺が自首をしに来るのだ。
警察の慌てぶりも相当なものだろう。
報道達は、血相を変えて押しかけて来るに違いない。
念のため、Aは髪をセットして、白髪染めをした。
そして、持っている一番上等なスーツを着込んだ。
革靴にビジネスバッグを持っている。
ビジネスバッグには、歯ブラシや下着と言った、留置所用のものが入ってる。
体裁を優先したのだ。
Aは自首に当たって、チャイナタウンで食べたかった中華コースを味わい、しこたま高級ビールを飲んだ。
キューバ産の葉巻も吸った。
高級ロボット娼とも遊んできた。
全てやりたいことはやってきた。
後は余生を償いのため、刑務所で過ごすのだ。
火星の採掘流刑地でもいい。
国や権力者と戦い、悲劇的に敗れたこの俺の終幕にふさわしい最期だ。
A氏の空想と思い出は無限の広がりを見せた。
そして、タクシーは警察本部に着いた。
門番には、電気ライフルを所持した警官が立っている。
「自首しに来ました」Aが言った。
「え?なんだって」警官は聞き返す。
「私は、50年以上前、ブルジョア重工業を爆破した犯人のAです。長年の潜伏期間を経て、罪の意識に耐え切れず自首しに来たのです」
「ああ、そういう系ね」警官はため息交じりにうんざりした声で言った。「新年を迎え、仕事がひと段落する今頃、疲れからおかしなことを言い出すヤツが増えるんだ。あんたの前には、アメリカ大統領が来たよ。中国の陰謀を教えてくれるとな」
「私は狂ってません!本当にAなのです。指名手配ポスター見たことないのですか?」
「あるよ。あるとも。Aという名も知っている。過激派を監視する公安の歴史としてポリスアカデミーで勉強したよ。そんな歴史の教科書にも出てくるような大犯罪者が、ぽっと自首しに俺みたいな下っ端警官に話しかけないだろ。今頃外国に潜伏しているよ」
警官は半分笑ったような顔で言った。
退屈極まる門番の任務、狂人とはいえ、話し相手ができたことを喜んでいるように見える。
「いいえ、ずっと国内の協力者に頼っていたのです。日ごろから、当局の監視に気を配り、潜伏生活をしていました。我々過激派にとっては、周囲の市民すら恐ろしい。いつ当局に密告するかわからない。まるで集団に監視されているような、息の詰まる生活をしていたのです」
「それそれ、集団ストーキングとか、集団で見張ってるとか、その手の人は良く言うんだよな。あんた、話しぶりはまともだな。ちゃんと医者に診てもらえば、自分が革命家じゃないって分かると思うよ…それとも、もう行きつけの病院はある?診察券持っているか?案内するよ」
「お巡りさん、ちゃんと聞いてください。私は紛れもなくAですよ。病気でもありません。狂ってもいません。私はテロリストです」
「狂った人は自分を狂ってると言わないからな」
「分からない人ですね。若いのによろしくない。私が若い頃は理想に燃えたものです。ですから過激派に傾倒しましたが…私を逮捕してごらんなさい。あなたは即座に表彰され、階級は上がり、将来は約束されるでしょう」
「ごめんだね、無碍な妄想癖の病人を不当逮捕したと、弁護士や反体制議員に攻撃されてしまう。そんなケチが付くと、定年後を議員になろうと企んでいるタヌキ幹部に俺は目を付けられ、ろくな警察人生を歩めなくなるだろう。ほら、もう行った行った。しつこいと錯乱者収容センターに送るぞ」
「聞いてください!私は本当にAなのです!ブルジョア重工のロビー…大黒柱に爆弾入りのバッグを置いたのです!」
「そうかい。じゃあ、いつかは俺の所属する訓練センターを吹っ飛ばしてくれよ。毎朝の剣道訓練がきつくてね。ほら、さっさといって。もうそろそろ交代なんだ。次の奴はクソ真面目で頭が固い。あんたを後ろ手錠にかけ、直ぐ収容センターに急報するだろう。俺が立っているうちに消えな…」
そして警官は、銃口の先で「しっし」とA氏を追い払う仕草をした。
A氏はとぼとぼと警察本部を後にした。
なぜこうなるのか。
長年捕まっていない、大テロリストとなると、自首しても信じてもらえない…こんなことが現実に起こるのだろうか。
いくら突拍子もない自首とはいえ、警察官が疑いの目すら向けてくれないとは…
そして、A氏の心にふつふつと怒りがわいてきた。
この俺が、贖罪の気持ちを持ち、自首したのにかかわらず無碍にするとは何事か。
それにあの若い警官、俺の話を全く信用せず、狂人扱いして追い払った。
ああ…やはり何も変わっていない。
国や当局は、人のことなど何も考えていない。
自分が良ければいいのだ。
人の良心など、簡単に踏みにじり、信じようとしない。
だから、貧困が生まれ、国が横暴をする。
巨悪極まれりだ。
A氏は次第に心がわりした。
半世紀以上たっても、国家機関なんて変わらない。
やはり俺が打倒するしかない。
Aの心には、革命の炎が再び燃え上がっていた。
結局Aは、巨悪の当局へ目に物言わせるため、過激派へ戻り地下生活を再開した。
Aを追い払った警官は、あくびをし、今日もヒマな門番をこなす。
そうして、懲りない面々は元のさやに納まり、日常は続いていくのだった。
↓↓そのほか短いショートショートですよ