色白ゆうじろうの無味無臭ブログ

怪奇・ホラー漫画を中心に、小説、エッセイなど読み物を投稿してます。

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【ショートショート】美食会奇譚【ホラー短編】

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こんばんは皆様

 

日記を書くつもりが書けなかったので、中途半端な時間ですが描きため分の小説を放出します。

 

ホラーです。

 

GWの夜のお供によろしければ…

 

 

【美食会奇譚】

 

同僚の里くんには感謝している。

 

「美食会」に僕を紹介し、このような素晴らしい世界に招いてくれたのだから。

僕は舌が繊細で、常においしいものを求めていた。

 

美味しいものを食べる事こそが僕の人生の目的であり、生きることの動機だった。

 

会社のランチタイムで、和牛の自作ローストビーフを特A高級米に載せ、持参した卵黄を乗せようとしていた時だった。

僕を奇異なものとして見つめる同僚の中から、里くんだけが興奮して話しかけてきたのだ。

 

「君にぴったりの場所がある!」と。

 

 

里くんは大柄で太った気のいい男で、やはり食べるのが好きだった。
仕事もそつなくこなすが、飲み会や食事の手配となると彼は目つきが変わった。

「僕はね、美味しいもののために生きてるのさ」里くんは、同僚からからかわれるとよくこう言っていた。

里くんに案内されたのは、路地裏の、さびれた中華料理屋だった。
「ここは、絶対取材NGなんだ。一見さんもお断り」と里くん。

うまいけど汚い店や、ガイドに乗らない地元の店…そんな店はグルメにとって珍しいものではない。

 

 

 

「そんな単純なものじゃないさ」里くんは言った。「食べてみれば分かる」

その中華屋は、里くんや僕と変わらない年代の男が一人で切り盛りしていた。
名前は陳さんと言った。もともとは外国の方らしい。
とても気のいい人だった。取材拒否するような性格にも見えない。



テーブルに出されたのは、大ぶりの肉料理だった。
角煮、スペアリブ、から揚げ、排骨飯…

 

一口食べて僕は衝撃を受けた。

味わったことのないおいしさ、溢れ出す滋味、繊細な味覚の調和…
僕が30数年生きてきた中で、紛れもなくナンバーワンだった。

僕は思わずがっついた。
こんなおいしい料理を前にして、冷静にはいられない。

里くんは満足そうにがっつく僕を眺めていた。
「最高にうまいだろう?ここは僕ら美食会のメンバーしか入れないお店なんだ。美味しいものに対して、異常ともいえる執着を持つものだけがたどり着く、まさに美食の終着駅さ」

 

僕はスペアリブにかじりつきながらうなづいた。

 

 

「店主の陳さんも美食会メンバーだったんだ」里くんが言った。「陳さんも僕と同じようにお客の一人だったんだけど、前の店主から店を引きついでね。今はこんな凄腕を振る舞っているというわけ」

 

厨房から陳さんがにっこりとほほ笑んでいる。

 

結局、僕と里くんはそのまま宴会になった。
時々お客さんが来たが、やはり美食会のメンバーだ。
閉店が近くなると、陳さんもビール片手に加わる。
皆、料理を楽しみ酒を飲み、最高に舌を楽しませ、夜は更けていった。


美食会での料理を味わってから、ほかの食事が楽しくない。
味気ないのだ。

美食会の料理があまりに美味で、脳裏にこびりついたのだ。

まるで禁制薬物のようだ。

 

そんな僕を、里くんは察してくれて、毎日必ず連れて行ってくれた。

 

「僕もね。子どもの頃から食事に関しては異常でね」と里くん「美味しいもの以外は何一つ食べたくないんだ。でも、ローストビーフ丼を作る君を見て、君とならこの価値を分かち合えると思ったんだ」

 

僕は里くんに感謝した。
決して安くはない。値はそこそこ張るが、そんなことはおかまいなしにうまいのだ。

 

「気を付けなよ」里くんは一度、真面目な顔をしてクギを差してきた。「美食会に、大金持ちの社長がいたんだ。建設会社の社長さんでね。僕や君より食への執着がすごかったと思う。だから、あまりに美食会の食事が美味しくて、美食会で食事をする以外の時間は無意味だというようになったんだ。社長さんは、仕事をすることもなく、会社も家も売り、家族と別れて、ずっと美食会の店に入り浸るようになった」

 

厨房で聞いていた陳さんが悲しそうな顔で聞いている。

里くんは続けた。

 

「陳さんも困って、立ち直るように助言したんだけど…社長さんは変わらなかった。朝から晩まで、お金はきちんと払い、だらだらと飲み食いした。幸せそうだったよ、すごく」

「それで…どうなったの?」僕が聞く。

「病気になりそうだって言ってたネ…そして、フルコースを食べてから…ぱったりと来なくなったネ」陳さんが答えた。

 

「お金がなくなったのかもな」と里くんが悲しそうに言う。

 

「だから、ワタシの店、昔から取材禁止ね。もし、悪い噂独り歩きしたら困る。社長さん、よくしてくれたけど、社長さんの家族、私が麻薬を混ぜたなんて言ってる。そんなのあり得ないヨ」陳さんが言った。

 

「陳さんが来る前から、美食会ではこういうことがあったんだ。おいしさは罪だね。」里くんがいった。

 

「悪い噂もイヤね。それに、行儀悪い、味音痴お客さん来るもイヤ。食事を愛する人…美食会の人だけに来てほしいね」陳さんが悲し気につぶやき、取材拒否の理由がなんとなく分かった気がした。

 

 

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美食会に通いつめ、僕は三キロほど太った。
里くんも僕と毎日のように通ったのでかなり太ったようだ。

 

スーツのズボン穴がどんどん広がっていく。

 

そんな時、僕の仕事が繁忙期となった。
仕事が忙しく、休み返上や残業は当たり前。

 

里くんは違う部署なので、毎日通い続けているようだ。

 

なんで僕だけ食べに行けないのだろう。
部署違いなんで仕方がないが、毎日通う里くんが憎くなった。

そして、僕はこんな時でもお弁当で食べられるように、自分で作りたいと考えるようになった。

料理は職人芸であるが、同時に科学だ。
味や食材、茹で加減、味付けの塩梅…陳さんの仕事を無給で手伝い、学べばきっと作れるようになるだろう。


2か月ほど経って、ようやく繁忙期が終わった。
僕は里くんを誘って美食会に行こうと思った。

終業後、里くんと再会し、僕は驚いた。
彼はしばらく見ない間に、同一人物とは思えないほど丸々と太っていたのだ。

 

「ごめんね。こんな調子でさ‥医者に止められてるんだ。」と里くん「内蔵にも悪い影響が出てて、脂肪だらけなんだとさ。これじゃあ社長と同じだよね」

 

里くんが来れないということで、僕は一人で行くことにした。


 

美食会に着くと、陳さん一人だった。

陳さんは僕との再会を喜んでくれ、さらに、里くんの健康が心配だと言った。

僕は挨拶もそこそこに、陳さんの料理を堪能した。

気を失うのではないかというほど、甘美な食事だった。

 

そして、食事を終えてから陳さんに僕の考えたことを話した。

つまり、弁当で食べたいので、無給で手伝うから教えてほしい。と。

陳さんはその細い目で僕をまじまじと見つめ、それから、なぜか店じまいを始めた。

出入口のカギをしめ、厨房の明かり以外は消した。

僕は、怖くなった。どうしたのだ、突然。

陳さんはいった。
「あなたなら、教えられると思ったよ。うれしいね。」

僕はあっけに取られている。

 

 

「こちらへ来て…」陳さんは僕を厨房の奥へ案内した。

そして、小さな店には似つかわしくない大型の冷凍室があった。

陳さんは冷凍室の扉を開ける。

僕は慄然とした。

庫内では、多数の冷凍肉がフックに吊り下げられている。
まだ、内蔵だけ取り出した状態で、切り分けられていないものだ。


だが、肉がおかしい。
どう見ても、肉の先端から生えている手足は人間のものだったのだ。

「陳さん…これって…」

「そうよ」陳さんは、庫内の箱を開け、こちらに見せた。

人間の頭部だった。まだ頭髪も残り、眠ったような表情をしている。

僕は悲鳴をあげた。

気を失いそうだった。

 

 

「こんなこと許されない」僕は言った。
「こんなものを出していたなんて!」

 

「あなた言ったよ。これ以上の美食はないと」と陳さん。

「私は、大陸生まれよ。大陸には昔、カニバリズムがあったけど、かといってこの日本もないわけじゃない。飢餓や飢饉でもあった、敵兵の肉や肝を食うという話もあったのよ」

 

「今は飢餓でも戦争でもないよ!人肉を食べるなんて決して許されない」

 

「『骨噛み』は分かるネ?死んだ人の骨を噛んで、魂をつなぐのよ。そして、美容食品のプラセンタ…あれもある意味人肉よ。宗教的な意味もあれば、科学的には薬用成分だってある…魂や成分を役立てるため。美食会も一緒よ」

 

「いや、ちがう。禁忌なんだ…」僕が言う。

 

「禁忌なんて、人間が勝手に作ったものよ。ホントに禁忌なんてあるなら、そもそも食べられるようにできてないネ。あなた、もし、このこと警察にばらす。ワタシ逮捕される。美食会の食事、永久に食べられないよ」

 

「…」


僕は言葉が出なかった。
美食を楽しむことこそが僕の人生意義だ。

 

それがもし、永久に失われるとしたら?

 

「私も初めて先代から教えられた時、ショックね。でも、食べられないのが耐えられなかった。出来るだけ、この美味しい食事を食べたい。それが私の人生の目的よ…だから継いだね」

 

「先代は…」僕が言った。

 

「先代はお年寄りだから食べなかったよ。」陳さんが笑った。「もう、胃が悪くなって料理を食べられなくなったから、自分で人生やめちゃったネ。先代」

 

「どうして…僕を」

 

「あなたは、自分で作ってみたいという顔してた。ワタシそうだったから分かるね。…でも里さんは違うね。社長さんと同じよ。ただ食べたい。食べ続けたい。それだけ」


僕は黙っていた。

冷凍された死体を前に、僕は恐怖と混乱で立ち尽くしていた。

「明後日、里さんがフルコース食べに来るね」陳さんが少し悲しそうに言った。「飛び切り美味しいものごちそうよ。最後だから」

 

僕は驚愕し、震えた。
これは現実なのだろうか。

 

僕の同僚の里くん…

 

「里さん言ったね。ここは『美食の終着駅』なのヨ」
陳さんは大きな中華包丁を研ぎ始めた。

そして、その中華包丁を持って、僕に近づいてきた。

僕は身構えた。

だが、陳さんは僕に渡した。
「捌き方教えるよ。もし、人を食べるの許せない。それなら、後ろからワタシの首切るヨロシ」

 

僕は中華包丁を持った。

そして、肉や、箱に詰められた頭部を見た。

僕の胃は陳さんの料理で膨れている。

それなのに、吐き気も起きない。


僕は、陳さんが固まり肉を手際よく捌いていくのを見た。

吐き気どころか…僕の口は生唾であふれ始めていた。


「あなた、ワタシと一緒。美食なくして、人生なし。美味しいものを食べるのが人生の目的。そうでしょ?」

僕は答えられなかった。
同意すれば、僕は完全に一線を越えてしまうのだから。

いや、時すでに遅し。

僕は、もう美食会の食事なしでは生きていけない。
僕は陳さんの横に並んだ。

「教えて。捌き方」僕の口はそう言った。

「それこそ美食会の意義よ」陳さんは細い目をさらに細くしてほほ笑んだ。


ああ、僕を美食会に誘ってくれた里くん…

丸々と肥え太り、肝臓もフォアグラのようになったのではないだろうか。

その筋肉は、豊かなサシが入っているのだろうか。

 

ああ、里くん、君には感謝してもしきれない。

君が僕をこの素晴らしい世界に招き入れてくれた。

明後日、僕も陳さんを手伝って、君に素晴らしいフルコースを振る舞おうと思う。

 

 

 

【おわり】